やさしさはあがないか
(4期終了後。まだ一人旅中)
*
人に優しくすれば、同じ優しさがいつか返ってくるという。
でも俺は、同じ優しさなんていらなかった。
「……おまえ、けっこう悲しいこと言うよな」
夏の空を映す海がどこまでも続く港町。なんでこんなところでばったり出くわしたのか、実は今でもわからない。
「だってさ、優しくされたいから優しくするって、なんか図々しいじゃないか」
魚介がたくさん入ったパスタにフォークを刺しながら、俺は窓の外を見つめた。
港は、今大騒ぎだ。
沈みそうになった船が幸いにもバランスを持ち直して、乗組員や乗客たちがつぎつぎと臨時に寄港したこの港に降り立っている。
俺と言えばそんな喧噪とは縁もなく、ただ食堂で一番の売れ筋メニューを注文して、ここにいるだけだった。
そんな俺の肩を叩いたのが、今俺の向かいにいるヤツだ。
どうもあの船に乗っていたらしい。
「やっぱり十代だ! さっきあの船を助けてくれただろ!」
遠慮無くぎゅううっと抱きついてきた姿は、どうしてか最後に別れたときと変わっていないように見えなくもなかった。
俺の許可もとらずに向かい側の椅子に腰を降ろすと、注文を聞きに来たウェイトレスに俺と同じモノを告げる。
足下では、俺たちにしか見えない精霊が再会を喜びあっている。ケンカさえしなければ、いいけど。
ヨハンのもとにもパスタが届いて二人黙々と食べている最中、俺が言った一言にヨハンはものすごく複雑な表情をした。
「俺は、別に誰かの優しさを期待して助けたわけじゃない」
人に優しくすれば、同じ優しさがいつか返ってくるという。
でも、俺は。
「俺がどれだけ返そうとしても、返したい相手には絶対に届かない。それに、優しさでは返せないものを奪ったんだ。俺には、優しさを返してもらう資格なんてないんだよ」
俺の中に眠っていたもう一人の俺が何をしたのか。それを受け入れたからこそ、俺には優しさを受け取る資格なんてないんだ。
いったい、どれだけの命が消えたのか。
どれだけの願いや思いや優しさが奪われたのか。
あまりに途方なさすぎて、そしてあまりにも遠くて。……きっともうたどり着くことはできない、あの世界で俺がしたことは、消えないのだ。
「……お前の優しさはあがないなのか?」
「そうじゃなくて」
「なんか、やっぱりものすごく悲しいこと言ってないか?」
いつのまにか、ヨハンの皿から俺の皿にエビが移ってきている。
「優しさってのはさ、優しくしたことに相手が応えて初めて成立するんだぜ?」
ほら、食えよ。そう言いながら、ヨハンは行儀悪く俺にフォークを向けてきた。
「俺が無理矢理そのエビを食わせれば、お前は俺の優しさを『押しつけ』って思うだろ? それと同じだよ。お前が優しさだと思ってしたことすべてが、相手にも優しく思えてるわけじゃない」
あの船を助けたのが俺だと気づいたのは、たぶんヨハン一人だけだ。
「俺は、お前に感謝してる。お前の優しさに助けられたんだから。でも、それをあがないだと思っているのなら、それは俺にとっては『押しつけ』だ」
呆然とする俺を尻目に最後のパスタを食べ尽くしたヨハンは、食後のコーヒーをすすり出す。
「人に優しくするなんて、そうそう簡単にできることじゃないから、優しくすればするだけ返ってくるって言われてるんだよ」
黙ったままの俺に、ヨハンはにっと笑った。
「でさ、俺の『優しさ』を『押しつけ』にするか?」
でっかいエビが、俺を呼んでいる。もとはヨハンの皿にあったものだ。
「……今でも十分『押しつけ』に感じるけどな」
「まぁまぁ、そう言うなって」
ああ、ヨハンって優しい奴だよな。
俺の優しさを押しつけといいながら、ちゃんと受け止めてくれたんだから。
俺が奪ったものに出来る事なんて、本当に無いけれど。
せめて、奪わせないようにすることはできる。それを押しつけととるか優しさととるかは、俺が決める事じゃない。
だから、最初から返ってくることを考えていること自体が『押しつけ』なんだよな。
ヨハンは優しい奴だから、ちゃんと優しさを返したい。
「じゃ、ありがたく食べるよ」
この店自慢のでっかいエビにフォークを突き刺して、口に放り込んだ。
*
小咄で書くにはテーマが重かった気がするというか、書き切れてない感がうがが。(081003)