私の幸福は面影になった
(事後注意)
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心臓の重さは、幸福の証だと言ったのは誰だろうか。
「心臓ってさ、人の握り拳ぶんの大きさで、だいたい300グラムなんだってさ」
熱がじわじわとひいていくのを感じながら息を吐いている俺の隣で、ヨハンがこんなことを言い出した。
「へぇ。誰でもそうなのか?」
「だいたいそうだって言われてるぜ」
ぎゅううっと抱きつかれる。ヨハンの耳は、ちょうど俺の心臓あたりにあてられていて、
「うん、十代の心臓の音が聞こえてくる」
「はぁ? 当たり前だろ、生きてるんだから」
同じように熱を分け合って、同じように息を切らしていたかと思ったのに、ヨハンのほうはすっかりペースを取り戻したようだ。
素肌で抱き合うのは嫌いじゃない。むしろ好きだけど、今のヨハンはずいぶんとくっつきたがりだ。せっかく熱が引きかけてるのに、これじゃあちっともさめないじゃないか。暑苦しくて。
「心臓が動いてるって、生きてることだろ。十代が生きてることは俺にとっては幸せなんだ」
ちゅ、と心臓のあたりに口づけされる。何度も何度も、強さや角度を変えて。
「……ヨハン……、ちょっ」
今、お前どこに吸い付いたっ!?
「心臓の重さは、幸福の証なんだ。お前の300グラムは、俺にとってはそれよりずっとずっと重いんだぜ」
ぺろり、舌で唇をぬらすヨハンの表情に熱が宿る。瞳が欲に揺らいで、「な?」と笑顔になる。その笑顔は、いつもの爽やかなものではなくてむしろ……。
「生きてるってことを確かめさせろよ。心臓の音を聞くだけじゃなくて、もっといろんなことでさ」
「いろんな、ことって」
「わかるだろ、それくらい」
心臓の重さが幸福の証だというのなら、それはお前も一緒なんだ。
心臓の重さはいつか失われてしまっても、面影として残る。
その面影こそが、残された人が生きていくために必要な幸福の証。
俺たちはいつまでも一緒にいられるわけじゃないってわかっているから、だから、心臓の音を、重さを確かめあうのだ。
何度も何度も心臓への口づけを受けながら、俺はこの幸福を心の奥底にしまいこんだ。
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8の日は4の日よりすごいことをやらなければということで、
最初自重しないほうになるかと思ったら表でも行けそうなのでこのままここで。(081008)