いきもののにおいだ
(4期終了後)
*
古いアパートメントに、珍しい客が侵入してきた。
「お、猫だ」
「本当だ!」
どうやら近くで野良猫にえさをやっているらしい。外に置いていた観葉植物……市場のおばちゃんにもらったヤツだ……をがぶがぶと食べられていた、って。
「猫って、草を食うのか? ファラオだって食べたことないぞ」
「猫草だったんじゃないか?」
食べられた発芽したての観葉植物にしては細い草だったそれは、けっこう大きく育っていた。放っておいても育ちは良かったけど、そういえば、あれなんて名前の植物だったんだ?
「なんだそりゃ?」
猫が草を食べるのにも驚いたけど、猫の草なんてあったのか!?
「違う。猫が毛玉を吐き出すために草を食べるんだよ。ついでにこれ麦な」
「むぎ!?」
「そう。種類によってはオートミールになるんだ」
「へぇ……!」
思わず感心してしまう。ヨハンっていろんなことを知ってるんだなぁ。
人に慣れた猫なのか、俺たちが話していてもちっとも逃げるそぶりを見せない。それどころか、
『クリクリ〜』
『るびー?』
ルビーやハネクリボーが見えているのか、珍しそうにふたりがいる場所をじっと見ていた。
「猫ってたまにへんな方向じっと見てるときがあるけど、精霊がみえてんのかな?」
「そうかもな」
猫を持ち上げてみる。どうやらどこかで洗って貰ったばかりのようで、せっけんの匂いがした。この街の人なら、ファラオだって洗えるかもしれない。そして、隠しきれない獣の匂い。
「あーなんか、生き物の匂いって感じだ」
精一杯生きている、そんないきもののにおい。
この小さないきものは、俺たちよりずっと短い命を精一杯生きるのだろう。
だから俺は、この匂いが好きなのだ。
「……なにすんだよ、ヨハン」
ヨハンが俺の手を取って鼻先に近づける。猫は俺の手を逃れて近くのえさ場に行ってしまった。
「なんだよー、猫逃げちゃったじゃないか」
俺の不満に目もくれず、ヨハンは猫草をいじっていた土のついた手をとりながら、
「ああ、なんか、いきものの匂いだよな」
と笑った。
そうだよな。俺たちだって精一杯生きてるよな。
*
(081009)