硝子も夢なら



(4期終了後)

*

 今思えば、あのころはまるで硝子のようだった。
 透明なゆるぎないものを持っていた代わりに、壊れるのはとても簡単で。心は擦り造られたもののように覆い隠すことができたし、熱くなったら曲がったりもした。
 まるで昨日のことのように思い出せるけれど、決して戻ることのできない場所。

 どこまでも続く長い長い鉄道に揺られながら、ぼんやりと車窓にひろがる世界を眺める。
 寝台つきの急行列車は時期のせいか客もあまりいない。この客車には俺たち以外には数組ほどの客しかいなかった。ただレールを走る音だけが周囲を支配する。
「どうした、十代?」
 食堂車で飲み物をもらってくる、と胃って部屋を出て行ったヨハンが戻ってきた。手にはミネラルウォーターのボトルと乾燥したベリーの瓶詰めを持っている。荷物をテーブルの上に置いて、俺の向かい側に座った。
 テーブルに肘をついて、同じように車窓から景色を眺めだしたヨハンに、俺はぼんやりと考えていたことを告げた。
「いや、アカデミアにいた頃は、こんな風に旅をするなんて想像もしてなかったよなぁって」
 ……いや、それ以前にアカデミアを出た後の進路なんてこれっぽっちも考えていなかった。――心の闇がない、と言われるまで、そんなこと考えたこともなかったのだ。
 そういえば、そのとき初めてヨハンが俺に夢を話してくれたんだ。
「だよな。俺も、十代とこうして旅してるなんて思わなかったもんな」
 ほらよ、とヨハンが俺の分のミネラルウォーターを渡してくる。ありがたく受け取って、銀色の蓋を開けた。

 窓の景色はゆったりと移ろっていく。
 俺の環境はめまぐるしく変わっていって、結局、今はこうしている。
 硝子のようだった頃には想像したこともないような、世界。
 いったい、いつの間に硝子は打ち砕かれてしまったのだろう?

「……なんかさ、学生の頃って、卵の中にいるみたいなもんだったじゃん」
 ヨハンがブルーベリーをつまみながら呟いた。
「狭い殻の中で、精一杯成長して、それで、殻を内側から破って出て、大人になっていくんだろ」
「なるほどな」
 卵、か。ヨハンのたとえのほうがよほどわかりやすい。
 雛は生まれるために、自らを護る殻を内側から砕いていくのだ。
 ……内側から、砕いて?

 俺が、まるで硝子のようだと思っていたものは、実は卵の殻の形をしていたのかもしれない。
 傷つきながら砕いて、夢から覚めるように生まれていく。

 結局、硝子は砕かれたのではなく、俺自身が砕いていたのかもしれない。そして。

「砕かれた破片を握って、俺たちって生きていくんだよな」
「は? どうかしたのか、十代?」
「ん? なんでもないよ」
 鋭い切っ先に手を傷つけながら、あるいは、痛みを伴いつつも呑み込みながら、自分が生きる道を決めてきたのだ。ただひとつ握り締めた破片にこめた夢をかなえるために。

 俺の手には、まだ俺を傷つける破片がある。
 いつか、叶えて消え去るまで、俺を傷つけ続けるのだろう。だけれど、投げ捨てるわけにはいかない。
「いつになく難しいこと考えてそうだな?」
「それ、俺が難しいこと考えてないみたいな言い方だな」
 向かい側で笑っているこいつも、同じ色の破片を握り締めているのだから。


*

そこ、ガラスの十代って言わない!w(081010)




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