黴くさい鼓動です



 抜けるような青空に、布をたたく音が響く。
「何やってんだ、十代?」
「何って、布団干してるんだよ」
 パンパン、と布団を叩く。日光にホコリが反射してきらきらしている……ちょっと間隔が空いたかな。
「シーツとかカバーは洗濯してもらえるけどさ、レッド寮は布団干すのは自分でやらなきゃないんだ。だから、こうやって」
「へぇ」
 あらかたホコリを叩き落として、あとは日干しにする。今日は天気もいいし、絶好の布団干し日和だ。
「こうしないと、すぐカビくさくなるんだよ。自分のところだけならいいけどさ、万丈目とか絶対やりたがらないし」
「じゃあ、こっちは俺が使ってる分?」
 広い物干し竿をぜいたくに3つ使って布団を干していても、誰も文句を言わない。……実は、まだ授業中なのだ。
「どうせ2つやるのも3つやるのも同じだしなー」
「弁当とは違うだろ」
 ヨハンの国でも、弁当は2つつくるのも3つつくるのも同じなのだろうか。
「まさか、布団干すのに授業さぼるとは思わなかったぜ」
 どこか呆れた口調のヨハンだけど、同じくらい楽しそうだ。
「だって、せっかくのいい天気だし。今日を逃して明日雨だったら悲惨じゃないか。次の授業はちゃんと出るからさ」
「ま、俺もサボリだからいいけど」
 こんなに天気がよければ、夕方まで雨が降ることもないだろう。
「そういえば、俺、ブルー寮ぜんぜん掃除したことないぞ」
 いまさら思い出したようにヨハンが立ち上がる。
「うわー、カビくさくなってたらショックだ」
「大丈夫だろ。ブルー寮なら掃除の人が入るって聞いたぜ」
 その代わり、部屋を散らかせないと聞いた。
「そうなのか。なんか、いつもキレイすぎて居心地悪いと思ってたんだけど、掃除が入ってるなら当然だな」
 ほっとしたヨハンは小さく息を吐いて、「そうか」と何かひらめいたようだ。

「レッド寮が居心地いいのって、ほっとくとカビっぽくなるからなんだな!」
「なんだそれ」
 カビはいやだろ、カビは。特に梅雨時なんかすぐにドローパンがかびるから困る。トメさんの手作りパンだから、保存料とかは一切入っていないドローパンは、梅雨時は1日の命だ。買い置きしようものなら泣く。で、結局自分が食べられる量を見極めて買わなければならないのだ。
 と、今はドローパンの話じゃなかったな。
 ヨハンの表情がカビを吹き飛ばすくらいの明るいものになっていく。
「カビっぽくならないよう居心地を良くするために、自分たちでどうにかしないといけないんだろ。それがいいんじゃないか」
「そうかぁ?」
「何でもかんでもやってもらってばかりって、こっちがカビそうでいやだ」

 あれ、なんだろう。
 なんだかものすごく、こっちのカビまで吹き飛んでいくような。
 ……なんでこんなにうれしいんだろう?

「十代、布団片付けるのは手伝うからさ、今日もこっちに泊まっていいか?」
「いいぜ。って、いつもじゃんか」
 授業の終わりのチャイムが聞こえてくる。
「お、そろそろ行こうぜ」
「ああ」
 走り出す視界の端には、日干しされている布団。――きっとふかふかになって、今日は絶対良い夢が見られるよな。

 そう思っていたのに。
 結局、いつものようにヨハンとデュエルして床で雑魚寝をして、布団を使わなかったのは言うまでもない。


*

ヨハ十邂逅記念日に布団干す話とか…! 邂逅記念日を知っていたら…っ!(081011)




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