少なくともひとつの愛だけは
人は、手を伸ばしてつかめたものしか存在を知ることができないという。
俺の手は、いくつのものをつかむことができるのだろう。
そして、いくつのものを知り、そのうちのいくつを手放してしまうのだろう。
『俺は欲張りだから、たくさん手を伸ばしちゃうんだろうなぁ』
そう言って笑ったのは、かつて親友だったヤツだった。
人が手を伸ばしてつかめる……出会える人間なんてほんの一握りだと。それなら、できるだけ手を伸ばしてたくさんの存在と出会いたい、と。
そうして出会えた中に、手放したくないものが増えていくのはきっと良いことだと。
かつて、なんて言葉をつけるはめになったのは、そんなことを言った数分後に、腕を掴まれてキスされたからだった。
いくら親友だって、いきなりキスはしないだろう。
そして、そいつは俺を『手放したくない』と言ったのだ。
『十代にとっての俺は、手放してもいいものか、手放したくないものか、今教えてくれよ』
いつもの快活な瞳がすがるようなものに変わって、俺は途方にくれた。
キスされて呆然としているうえに、こんな、二度と会えないような選択肢までつけられたのだ。
ただ、そうでもしなければ俺は親友だったこいつの真意を知ることはなかっただろう。そして、自分の真意にも気づかないままだったのかもしれない。
俺が『手放したくない』と告げた瞬間、親友には別の名前がついたのだった。
だけれど。
「俺は、お前を手放したかったよ」
本当は、一番に手放したかった。
俺が手を伸ばして掴めた存在が大切だから、これ以上関わってほしくなかった。不器用だろうと似合わないと言われようと、これだけは譲れなかったのに、結局俺は何一つ手放せずにいた。
「ばかだなぁ」
俺の悲壮な決意なんて、あいつにはとっくにお見通しで。
「手を伸ばしてつかめて、手放したくないものってのは、おまえがおまえでいるために必要なものだろ。だから、手放せるわけないじゃないか」
ぐしゃぐしゃに頭を撫でてくる手がたまに指先に力が入って痛い。ああ、これも掴まれているということか。
「つまり、俺が俺でいるためには十代が必要だってこと。俺は誰がいてもいなくても俺だけれど、十代がいればもっと俺らしくなれるんだぜ」
「ヨハンらしく、って?」
「俺、十代限定でけっこう甘いんだ」
どこが、どう甘いんだろうか。甘いっていうならもっと優しく撫でてほしいものだ。
「そうかぁ?」
「あ、わかってないなぁ」
頭を撫でていた手が、頬に伸びてくる。ヨハンの顔が近づいて、傾けられた。
「手放したくない相手じゃなきゃ、こんなこと絶対しない」
ちゅ、と小さく音を立てた唇が離される。
「ていうか、十代にキスするの好きなんだから、手放したくないぜ」
「……恥ずかしいヤツめ」
もう一度近づいてきた唇をおとなしく受け入れながら、ヨハンの肩をぎゅっとつかんだ。
人が手放せず、これからも手放せないだろう存在が『愛』というのなら。
俺にとってのそれはまちがいなくこいつなんだろう。
*
(081012)