よそのお国の方でしょう
「ヨハンってさ、すっげぇよな」
「は?」
こぽこぽと注がれるコーヒーの音を聞きながら、俺はヨハンの手際の良さにただただ感心していた。
たまにはおいしいコーヒーが飲みたい、とブルー寮に用意されたというヨハンの部屋に呼ばれて行ってみたけど、部屋もさることながらキッチン……レッド寮のは台所だよな……に見たこともないガラスの道具がいろいろと置かれていたのだ。
「淹れてもらうより、淹れるほうが絶対うまいんだよ」
「そうかぁ?」
鼻歌まじりにコーヒーを淹れていくヨハンは、近くのコンロにかけていた牛乳に砂糖を入れている。
「本当はブラックがいいんだけど、十代は飲めないだろ」
「ああ。砂糖入れなきゃ苦くて飲めない」
「砂糖だけってのもなんだから、カフェオレにしといてやるよ」
ヨハンはよく気が付くヤツだよなと思うけど、こういうときはちょっとどうかと思う。……俺、子供扱いみたいじゃんか。まぁ、いいけど。
「で、コーヒー淹れるのがすっげぇのか?」
ほらよ、と甘い香りのカフェオレが差し出された。ありがたく受け取って、一口すする。うん、うまい!
「じゃなくて、日本語しゃべれんのがすごい」
ヨハンの日本語は俺が聞いてても全然違和感がない。エドやオブライエンやジムやアモンやクロノス先生……ん? クロノス先生やナポレオン教頭はどうだろ……にも思ったけど、日本語をものすごく勉強したんだろうなぁって思うんだ。
「そうか? 十代だって喋ってるだろ」
「そりゃ、俺は日本人だからな。日本語以外はしゃべれないぜ」
何を当たり前のことを。俺がむすっとしたのがわかったのだろう、ヨハンがうーんと考えて口を開いた。
「俺は、母国語や日本語以外だってしゃべれるぜ」
ええっ!?
「どんだけしゃべれんだよ」
「ええと、英語だろ、ドイツ語だろ、スウェーデン語、フィンランド語、デンマーク語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、あとは……」
「もういい」
指折り数え始めたヨハンにストップをかけて思わずため息をついた。
「ヨハンってホントすっげぇな」
「そうか? 小さい頃からだから、別になんとも思わなかったけど」
何の気もなく言ってくるヨハンには全然厭味を感じない。それもまた、すごいんだけど。
と、何の気なしに思いついた名案に、俺は知らず目を輝かせた。
「じゃあさ、俺がヨハンといっしょにいれば、どこの国に行ったって大丈夫だよなっ」
「……はぁっ!?」
だって、俺はいろんなデュエリストとデュエルしてみたい。
いろんな国にはいろんなデュエリストがいて、きっとすっげぇデュエルをするんだろう。どこにいってもすごいデュエリストに出会えるんだ。言葉がわかれば、最高じゃないか!
今度は、俺の言葉に固まったヨハンがため息をついた。
「それ、俺は十代の通訳かよ」
「いや、そうじゃないけど……」
「そうだろ」
「だって、ただの通訳じゃないだろ。一緒にいればいつでもデュエルできるじゃんか」
……俺としては、そっちのが大きいんだけど。でも、ヨハンが聞いたら良いところに通訳が! って思っちゃったかな。
「……十代って、やっぱりすごいこと言うよな」
もういちどため息をついたヨハンが、「わかったよ」と笑った。
「何笑ってんだよ」
なんでそこで笑うのかがわからなくて問い返した俺に、ヨハンは笑顔のままかちん、と俺の手のカフェオレのカップに自分のコーヒーカップを軽くぶつけた。
「お前こそ笑えって。一緒にいろんな国に行こうってんだからさ」
「本当か?」
「ああ。十代とだったら、どこに行ったって楽しいだろうしさ」
異国の味のするカフェオレを飲みながら、俺たちはささやかな約束をかわす。
こうして交わした約束が果たされたかどうかは、俺たちだけが知っているのだ。
*
(081016)