なくした物なんて、不仕合せくらいです
(4期終了後)
*
人は何かを獲たらそのぶん、何かをうしなっていく。
そうは言うけれど。
街は、祭りの終わりの余韻にほんのりと明かりをともしている。
手を振って別れた人たちはみんな笑顔で、今年一年の豊作を感謝していた。
そして、俺もそのご相伴に預かってしまったらしい。
「十代、どうしたんだよソレ?」
俺が持ち帰ってきたモノに、一足先に帰ってきていたらしいヨハンが目を丸くした。
「……露店を手伝ったら、もらった」
俺が持ってきたのは、たくさんの砂糖飴だった。日本で言えば、リンゴ飴みたいなものか。今年採れた果物を砂糖漬けにして、さらに飴で包んだものらしい。
「おまえは砂糖飴だったのかー。いいなぁ」
「何がいいんだよ。こんなに二人で食べきれるか?」
「いいじゃないか。米10kgをここまで持ってきた俺に比べれば」
「米!?」
さすがに日本の米とは違うけど、米という単語に反応する。
「……あ、炊飯器」
「鍋から炊いたら、おにぎり作ってくれよ」
「鍋からなんて炊けるわけねぇだろ。ちょっと待ってろ、トメさんにメールして聞くから。……日本、今何時だよ?」
米の炊き方はメールで聞くとして、とりあえず目の前の砂糖飴を食べることにする。
口に入れたとたんひろがる甘さと、次第に溶け出してくる果実特有のほどよい甘さに笑みがこぼれ落ちる。
「ん、うまいな」
「ああ」
二人とも甘いモノは好きだから(ヨハンはコーヒーはブラックとか言うけど甘いモノも好きらしい)虫歯さえ気にしなければ砂糖飴はいくらでも食べられそうだ。
「途中で食い飽きるかと思ったけど、全然飽きないなぁ」
米10kgを担いでアパートの階段を登ったヨハンが疲れを癒すかのように飴をたいらげていく。
「そんなに重いなら、俺を呼べば良かったのに」
二人で持てば5kgだったのに、なんで俺を呼ばなかったのか。俺の問いにかえってきた返答は、行儀悪く口に飴をほおばりながらだからか、もごもご混じりだった。
「……携帯忘れたんだよ」
迷子になりそうになったり携帯を忘れたり、相変わらずだな。
「でもさ、こうしてるとしあわせだなぁって思うぜ」
砂糖飴の最後は、どれも甘酸っぱい。飴の甘さには果物の甘さは勝てないから、どうしても酸っぱく感じてしまうのだ。
その酸っぱささえも、しあわせなのだ。
でも。
「しあわせだって思うたびに、俺は何かをなくしているのかな」
「十代?」
「いや、なんか、思っちゃってさ」
収穫祭を開くとき、ヒゲの町長が言っていたのだ。
『人は何かを獲れば、その分何かを失っていきます。どうか、獲た恵みに感謝することを忘れずにいましょう』
ってことを、ものすごーく長く言葉を飾り立てながら。
なら、俺がしあわせを獲たと思うたびに、俺は何をなくしているのだろう。
がり、とヨハンが飴を噛んだ音がした。どうやら、噛み砕いて、きちんと言葉を言うようだ。
「そりゃ、しあわせだと思ったら、ふしあわせをなくしていくんだろ」
口直し、とミネラルウォーターを一口飲んで、さらにヨハンの言葉は続く。
「人間ってのは、しあわせとふしあわせを半分ずつもって生まれるんだってさ。で、しあわせをひとつ拾うたびにふしあわせを置いていくんだ。逆に、ふしあわせをひとつ拾っちまうと、しあわせを置いていかなければならない。どっちを拾うかは、その人しだいだって。……人の言葉の受け売りだけどな」
俺の中で、最後の飴が溶けていく。酸っぱい果実の感触を得たと同時に、甘い飴は失われたのだ。
「でもさ、置いていったふしあわせを誰かが拾ったら、やばくねえ?」
ヨハンの話を聞いていて思い立った問いをぶつけてみると、ヨハンは、首を振った。……横に。
「それがさ、お前にとってふしあわせだと思ったことが、他の誰かにとってはしあわせになることだってあるんだよ」
「そうなのか?」
「しあわせの基準は人それぞれだろ。ふしあわせだと思って捨てたモノが、しあわせに続くモノだってこともあるのさ。
……俺はこの米10kg貰ってうれしかったけど、どうやって持って帰るかってことを捨てちまってたんだよな。でも、米が食えるって思ったら、そっちのしあわせのが勝ってさ、持って帰ってくるのが大変だったって苦労が全部飛んだ」
おお、今のたとえが一番わかりやすかったな。
感心する俺に、ヨハンは「だから」と笑った。
「俺も十代も、なくしたものがあるとすれば、ふしあわせくらいなんだよ」
こうして一緒にいて、笑っていられるしあわせ。
なくしたものといえば、ひとりでいた頃の自分くらいだ。
「あしたは、米炊いてやるよ」
「やったぁ!」
ちょうど、炊き方を書いたメールも届いたことだしな。
*
(081017)