いつか君に優しい世界で
ここは、優しいばかりじゃない。
「……ほんっとーに十代以外誰もいないのな」
「ああ」
まるで初めて来た場所のようにきょろきょろとあたりを見回すヨハンに苦笑しながら、もはや俺以外いなくなってしまった……正確にはファラオと大徳寺先生もいるけど……レッド寮の階段を昇っていく。
南京錠のかけられたドアを次々と通りすぎて自分の部屋へとたどり着く。部屋の中はヨハンがいたころと変わりない。ここだけが、半年前と変わらない。
ここだけが、時間から取り残されてしまったかのようだった。
「ま、適当に座っててくれ」
「おう」
キレイに掃除した床に遠慮なくどっかりとあぐらをかいたヨハンが、半年前と変わることなくデッキホルダーからカードを取り出している。……宝玉獣たちに話しかけている姿を、剣山がなんとも微妙な顔で見てたっけ。
お茶を淹れようとヤカンを火にかける。その前に、ヤカンの中をキレイに洗った。淹れるの、何ヶ月ぶりだ? お茶は……大丈夫だな、たぶん。冷凍庫に保存しておけばいいとか翔がストックしてたっけ。あいつ、こういうことには詳しいのな。
「ヨハン、お茶にはこだわらないよな?」
「ああ。十代が淹れてくれるんなら、何でもいいや」
こうやって、誰かにお茶をいれるのって、本当に久しぶりだ。いれてもらうのも、ずいぶん前だった気がする。
お茶のコップは、5個。一つも使わなくなったのは、ここに俺以外だれもいなくなってから。
5個じゃ足りなかった頃は、毎日どうでもいいことで笑ったり怒ったり喜んだり嘆いたりした。そんな声がどの部屋からも届いてきて。
そんな、この寮を「優しい」と、ずっと、言えなかったけど、思って……。
「どうしたんだよ?」
「わぁっ!?」
ぼんやりしていたら、ヨハンがひょい、と肩越しにこえをかけてきた。だから、耳元でしゃべるのはやめろと!
「おどかすなよ」
「え、驚いた? なんで?」
鳥肌が立つかと思ったぞ! と袖をまくってみせる俺に、ヨハンは首をかしげた。肩に乗っているルビーも一緒に首をかしげて、ハネクリボーに呆れられている。
なんだかそれがおかしくて、思わずふきだしてしまった。
「なんだよ、何わらってんだよ」
「いや、なんか……おかしくてさ」
本当はおかしいわけじゃないけど。
ここを優しくないと思っていたのに、ヨハン一人がいるだけでこんなにも優しくなったことが、うれしかったんだ。
「よくわかんねぇけど、俺も笑っとくか」
「なんだよそれ」
わけもわからず笑い出すヨハンに俺もさらにつられて笑いながら、ヤカンが沸騰を告げる音を聞いた。
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(081019)