見失ったひと



(4期終了後・何度目かのお別れ話)

*

 一緒に暮らし始めて2週間。住むところはあれどほとんどその日暮らしの中で、それはいつも唐突に、当然のようにやってくる。

 古いアパートメントに帰る。俺が早く家を出て、遅く帰ってくるから鍵を持つのはヨハンの役目だった。
 本当は合鍵をつくればいいんだけど、俺たちはいつ旅立つともしれない身だから、不必要なものは持たない。いつ引き払うともしれないアパートの鍵を2つ作るなんて、考えもしなかった。
 カンカン、と音を鳴らしながら階段を上がっていく。雨の日は滑りやすいから注意しろと言われた階段だけれど、今のところ雨で滑ったことはない。雨のあまり降らない街らしい。
 部屋のドアを開けると、ポストの中で何かがからからと揺れる音がした。靴の泥を一応払いながらドアについたポストを開けてみる。

 見覚えのある……この部屋の鍵が入っていた。

 鍵を持ち上げると、二人で好き放題つけていたキーホルダーがひとつ消えていた。
 それだけでポストに鍵が入っていた理由を理解する。

「あーあ。また鉄砲玉だよな」

 ひょんなことから俺のアパートに転がり込んできたヨハンだったけど、どうやら次の行き先が決まったらしい。
 人と精霊の架け橋になる、とあちこち好き放題旅して回っているというけれど、その経歴を聞くと、好き放題旅したというより単に迷子になっていたほうが多いんじゃないかと思うこともあった。ルビーもレインボー・ドラゴンも宝玉獣たちも大変だよな。
 こうして再会しては別れてを繰り返して、俺は何度もヨハンを見失って、ヨハンは何度も俺を見失う。

 ここで再会を待とうとは思わないし、追いかけて探し出そうとも思わない。
 俺たちはいつでも風の向くまま気の向くまま、精霊の声のままに方向をさだめるだけ。
 足跡が交差することもあれば、離れることがあるのは当然だ。
 ただ、立ち止まってはいられない。
「さて。ひっこしの準備をするか」

 どうせ荷物はデイパックに入るくらいのものしかない。いらない食器は大家さんに話せば古道具屋に持って行ってもらえるだろう。もとからそういう、定住する気がない人種に貸すアパートだ。
 鍵からキーホルダーを外して、キーホルダーをポケットにしまい込む。
 不必要なものは持たない俺たちだけれど、鍵を共有するうえでいつのまにかキーホルダーを互いにつけるのが当たり前になってしまった。鍵からキーホルダーが外れたら、もうここには戻らない、ということなのだ。
 俺は今までなんどもこのキーホルダーを鍵につけて、そして外してきた。同じだけ、ヨハンもそうしていたのだろう。

 バッグを肩にかけて、鍵は連絡をとった大家さんとの約束通りにかけたあとにポストに入れた。
 そのまま、身軽になった気持ちで歩き出す、が。
「うわっ!?」
 急な階段を下りるときに、うっかり足を滑らせて転びそうになってしまった。

 雨も降っていないのに、本当に参ったぜ。


*

(081022)




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