逃れがたき怪物



(キスお題のあまり続いてない続き)

*

「十代、今日という今日ははっきりさせてもらうぜ?」
 ぎし、と背中でベッドのスプリングが抗議の声をあげた。
 馬鹿力で押さえつけられた手首は悲鳴をあげているが、ヨハンはそれに構っちゃくれないらしい。
 何をはっきりさせるのか、としらばっくれようかとも思ったけど、今のヨハンには通じないだろう。

「俺は、はっきりなんてさせたくないぞ」

 だから、これだけ言った。
 やっぱり、ヨハンの手の力はゆるめられることはなく、逆に強く強く握りしめられる。このまま、俺の手首とヨハンの手がくっついてしまうんじゃないかとありえないことをかんがえてしまった。

「俺は、そろそろはっきりさせたい。で、そろそろ行動に移してみたい」
「いやでも、俺は別にはっきりさせなくてもいいんだけど」
 こんな問答をかれこれ10分。ハネクリボーもルビーも呆れてどこかに行ってしまった。
 レッド寮の三段ベッドの一番下。
 開け放された窓の外の空は青く、まだ昼間だというのに。
「……ヨハン、昼間っから人を押し倒すのって、どうかと思うぞ?」
「状況はわかってくれてたのか。サンキュ」
 さすがに、わからないわけないだろ。
 俺が何にもわかってないような言い方をするヨハンに唇を尖らせながら文句を言うと、ヨハンは「じゃあ」と切り返してくる。
「本当に嫌だったら、この手を振り払えよ。そうしてくれたほうがいい」
 そう言いながら、ヨハンの手の力は強まるばかりだ。絶対痕が残るなぁ。振り払うのも大変なほどに握っておいて、それはないだろう。
「いや、振り払ったらヨハン、泣くだろ?」
「泣くか! ……たぶん」
 しかも、たぶん、といっしょに少しだけ手の力が弱まった。……こりゃ、泣くな。


 キスは何度もしてきた。たぶん、俺がヨハンの言うように「はっきりさせる」ことに同意すれば、それより先のことだってすることになるのだろう。その前にキスされるか。
 ただ、いまいち実感がないのだ。
 今の俺はキスだけでも満足で……正確にはいっぱいいっぱいで、それより先のことなんてぴんとこない。
 だいたい、何をはっきりさせるというのだろう。
 キスするたび、されるたびにどうしようもないものに飲み込まれてしまいそうになる、あの感覚がなんなのか。ヨハンはそれをはっきりさせたいのだ。
 でも、俺は? ……俺は、ヨハンに飲み込まれそうになっているみたいだっていつでも思っているのに、これ以上のことはきっと追いつかない。本当は、追いつけなくてもかまわないほどにヨハンの誘いは、俺にとっても気になるところなのだけれど。

 でも、はっきりさせたら。もう、後戻りはできない気がして。

「……なんだかヨハン、人のこと押し倒してるし捕まえられてるし、怪物に食われそうな気分なんだけど」
「おま……っ! なんだよそれ!」
 怪物なんて失礼な!
 くわっと、まるでほえるようにくってかかってくるヨハンの表情は、本当に怖かった。

 ああでもきっと。今これから俺が認めてしまうこと自体が、逃れがたい魅力的なことだというのは間違いない。
 相手がヨハンなら、なおさらいい。
 どうなるかなんてわからないけれど、俺は目のまえの怪物と化しそうなヨハンにだったら食われてもいいと思ったから。

「ヨハンはヨハンだろ。怪物じゃないって、証明してくれよ」
 くっと笑って、なんとか身を起こして唖然とするヨハンの顔に近づける。
「怪物にならないように。ヨハンはヨハンなんだって、はっきりさせてくれよ」
「じゅう、だい?」

 逃れがたき魔物に自ら捕まって、俺たちは戻れない道へと進んでいく。
 でも、隣にいるのがヨハンなら、まぁいいや。


*

はじめて物語・序章でしたw(081023)




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