泣くためのいつか



 じめっとした空気が周囲を支配する。
 外は静かに雨の降る音が響いて、その音を聞くたびにだんだんと心の中がじめっとしていくようだった。

「……まず」
 飲もうと思ってお湯をいれたところまでは良かったものの、すっかり淹れるのを忘れていたお茶を急須から湯飲みに入れて飲んでみたら、冷たくなってるは渋くなってるは散々だった。……でも、いれなおす気も怒らない。
「なんでこんなにじめっとするかなぁ」
「十代がじめっとしてるからだろ」
 呆れたヨハンの声は、三段ベッドの真ん中から聞こえてきた。昼食後の昼寝をする、とごろごろしているうちに本当に寝ていたのだ。……俺もごろごろしていたけど、授業中と違って昼間から眠くはならない。
「なんだよそれ。俺がじめっとしてると雨が降るってのか?」
 口直しに出がらしを捨てて、もう一度お茶を淹れる。しょうがないからヨハンの分も淹れてやろう。
 ヨハンはもそもそと起き出してベッドの階段を下りてくると、床にどっかりと座った。
 そして、視線を外に向ける。
「雨だな」
 どうやら、雨がまだ降っていたことに気がついたらしい。
 熱いお茶を差し出すと、「サンキュ」という声とともに湯飲みが手から消えた。

「そういえば、雨って、空が泣きたいときに降るんだぜ」

 ずず、とお茶を飲む音と、雨が降る音だけが響く部屋。
 ヨハンはやたらと神妙な顔をして雨が降るのを眺めている。
 もしもこんなセリフを他の誰かが言ったら「何言ってんだ?」と笑い飛ばしてしまうかもしれないけど、ヨハンが言うと妙に説得力があるから不思議だ。
「空が泣くのをこらえて、耐えきれなくなったら泣くんだよ。泣いて泣いて、すっきりするから空の色がとても綺麗なんだ。虹だってでてくるだろ?」
 虹の名前を持つ竜をずっと探しているヨハンが言うことだから、説得力があるのかもしれない。

「十代も、耐えきれなくなったら泣いていいんだからな」
 ……でも、このセリフには説得力がない。
「へ? なんで俺?」
「じめっとしてるんだろ? 空が泣きたくてじめっとするのと同じように、人だって泣きたくなったらじめっとするんだぞ」
 へぇ、そうなのかぁ。って。
「別に俺、泣きたくないぜ」
 気持ちがじめっとするのは、雨が降るせいだっていうのに、なんで俺まで泣きたくならなきゃいけないんだ。
「まぁ、いいけどさ」
 ヨハンがお茶を再び啜って、ぱっと表情を変えた。

「とりあえず、じめっとした気持ちを吹き飛ばすならデュエルが一番だよな!」
 ケースからデッキを取り出してデュエルデュエルと言い出したヨハンに、俺のじめっとした気分も一気に吹き飛んだ。
「よしっ! 負けないからなっ」
「こっちこそ!」

 まだ雨は止まない。
 雨が泣くのをやめるのはいつのことかはわからないけど。

「十代が泣くためのいつかに、俺が一緒にいられれば、こうして涙を吹き飛ばしてやれるんだけど」
 空にも、俺にとってのヨハンみたいなヤツがいればいいのに、とちょっとだけ思った。


*

(081026)




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